好きな建築家

秋の日土小学校へ

真の建築家松村正恒設計 日土小学校

晩秋の愛媛県八幡浜市の山や川に抱かれた日土小学校へ

周辺の山々にはたわわな柑橘が多く稔り、川の流れも陽光に照らされるポカポカ陽気の小春日和の一日だった

保存や改築などの工事が終わり、周囲の配慮と準備が整い、山里の生徒たちの居る日土小学校を見学できた

学校には子供たちが居て声の聞こえる風景が良かった

松村建築のデティールや色や空間も良かった

クラスタータイプの既存の棟にオープン教室の新築棟

既存のクラスターは残念ながら、特別教室だった

やはり私は既存の棟が好きと感じた

靴箱も土間もローカも手すりも階段もデッキもベンチも地窓も坪庭も良かった。松村建築の気骨の子供目線の全てがなんともいえない空気をかもし、子供たちに自ずと力が備わっていた

坪庭のある学校なんて他には見たことが無い・・・この時代に実践実行した松村イズムには尊敬

20年以上も以前頃に幾度か松村事務所にお邪魔させていただいた。松村先生は気さくな話をして下さり若いヒヨコの私に優しかったあの松村先生の顔が浮かんだ・・・

松村先生は生きておられたら何といわれるだろう・・・

皮肉の一言が聞こえてきそうな気もした・・・

でもきっと建築家松村先生はどこかでハニカンでおられるだろう・・・

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サグラダ・ファミリア大聖堂 建築彫刻家 外尾悦郎

第34回建築士事務所全国大会(愛媛大会)が2009年10月9日松山市で開催された

スタッフとして関わることができた

多くの方々にお会いできた良い機会だった

皆様お疲れ様でした。ありがとうございました。

所属団体の全国大会が、地元にめぐる機会はめったに無い

全国からこられた方たちも、この連休に愛媛県を堪能されるだろう

大会の一つに、

記念講演『ガウディ論』サグラダ・ファミリア大聖堂 建築彫刻家 外尾悦郎氏

があった。全てはお聞きできなかったが、一部拝見させていただいた。

アントニオ・ガウディが設計して着工から120年も工事が続いている街に立ち寄り、聖堂に彫刻家として関わるようになったこと・・・。まあ、なんと不思議な出会いをもたらした行動力。外尾さんはすらっとされた長身の紳士だった。

講演終了後に気軽にサインに応じていただけた。少しでもパワーをいただけたか・・・。親切な対応が印象に残る。

これからもアントニオ・ガウディの良き理解者であられるだろう。日本人の誇りとなる方だと思ってうれしかった。サインには、建築設計事務所を営む私に、「多くの人たちがあなたをやさしく見てますように」と画も加えてくださった。

心に宝物がまた増えた良き出会いに感動と感謝・・・

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ユニオン駅(LA)

ユニオン駅

Los Angeles,CA

設計:John&Donald Parkinson

アメリカ最後の大駅舎建築

ロサンゼルスダウンタウンの北に位置するユニオン駅

スパニッシュとアール・デコ様式を併せ持った建

90年代に大規模な保存改修が行われ、かつての発券所は現在は多目的ホールとなっている。様々なイベントが行われるそうだ。

内部はクルミ材の木質天井や壁面のタイルが特徴。

外国の旅に慣れたなら、この駅からアメリカ大陸の建築を楽しむ旅に出掛けられる・・・。

駅前のロータリーには夕方のカリフォルニアの青い空にヤシが高く高く揺れていた。

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ユニオン駅周辺のしゃれたロス建築を車窓から

まるで、パースに描いたようなアートな建築だった・・・。

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トム・メイン設計 カルトランス第7地区本社ビル

世界をリードするロス建築

ハイテクを駆使した巨大オフィスビルはサスティナブル建築

車でロスの街に入り、いきなり目に飛び込んできたのがこのビルだった。大きさだけでなく、道路に張り出したガラス張りと板目型枠打ち放しコンクリート。非常に印象に残った。

滞在のホテルにまず落ち着き休む間も無く、地図を片手にホテルを出た。ロスの街は以外と小さく、歩いての街並み散策も楽しめる。もちろん油断は大敵だが、建築ガイドブックを頼りにダウンタウンを楽しまない手はない。幸運にもすぐ近くにこの『カルトランス第7地区本社ビル』があった。コンクリート打ち放しとパンチングメタルとガラスのファサード。極端に大きな100の立体的なサイン。何の意味があるのか解からない?南ファサードには太陽電池を配し、外の明るさに合わせて自動開閉するメタルスキンは、ラフでモダンなファサードでかっこよくて、中で働く人々であろう出入りするビジネスマンもかっこよく見えた。

写真を撮ることも楽しみ、翌朝は『カルトランス第7地区本社ビル』の大きな吹き抜けのアプローチにあるカフェでコーヒーとカリフォルニアフレッシュオレンジジュースの朝食をした。足元にはこぼれたパンをオネダリに小鳥たちが・・・。

カリフォルニアフレッシュオレンジジュースは格別なお味・・・。

朝に夕にトム・メイン建築を体感できた忘れられないロスでの一時だった。

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ホテル・デル・コロナド

カリフォルニア建築の魅力の一つ

ホテル・デル・コロナド

1888年 Reid&Reid 設計

ロスの南、サンディエゴの海辺に建つ木造リゾートホテル

クイーン・アン様式の外観は赤い帽子に白い外壁が個性的。玄関を入り、いざロビーの中へ。ロビーに足を踏み入れると格式高い雰囲気と程よい暗さが良い感じだった。ロビー中央の素敵な花や超豪華なスタイルを醸すシャンデリアにも目を奪われた。今のMy Boomはシャンデリアであるし・・・ザ・デルの誇りが伝わってきた。ロビーを行く、白いカクテルドレスに正装した婦人がこれまた、美しかった。日本の私の友人もこのホテルで結婚式を挙げたらしい。聞いてはいたものの雰囲気の豪華さに、少々落ち着かなかった私。しかし、せっかく覗くのだから、ザ・デルのショップめぐりをしてモンローグッズをゲット。映画『お熱いのがお好き』にモンローと共に登場した建築であるからだ。ハリウッドは100年以上もザ・デルを撮影に利用しているそうだ。

ハリソン大統領やルーズベルト大統領もブッシュ大統領も滞在したそうだ。えーって感じ。最近ではブラビやマドンナも常宿としてるらしい。残念ながら、遭遇はなかった。どうりで、私には落ち着けないホテルだったのだろう。ここを案内してくれた、サンディエゴの親戚夫妻は結婚記念日にここに宿泊するそうだ。

モンローも立った地に居られることを、ちょっぴり楽しむ時間を海沿いのカフェで楽しむ。カフェに隣接するSushi Barのカウンターに座って居る人たちも居た。カリフォルニアロールとマグロのメニューが見えたが価格は記憶に残っていない。

太平洋を望み、西日さえも心地良く感じた至福の一時を過ごしたザ・デルはいつか連泊したい・・・と思った。

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真の建築家 松村正恒

建築家 松村正恒

今から約30年ほど前に恩師の紹介で松村先生の設計事務所を何度か訪ねさせていただき、かわいがっていただいた。

私がまだまだ、卵の設計事務所勤務時代の時である。おそらく、つたない返事に驚かれていたに違いない。

偉大と聞きながらも、穏やかさの中にある偉大さが解からず、今思えば若いとはいえ大変失礼だったと思う。

自分の勤務する設計事務所とは、規模も空気も風情までもが違う松村事務所は興味をそそられた。自称建築稼と称し、たしか事務所入口には無級建築士と筆で書かれた和紙が吊られていたような記憶がある。他にも何枚か筆書きがあって、意味が解からなかったが御聞きできなかった。

製図台の横には日本酒の一升ビンがあって、製図台の上には薄いトレーシングペーパーが何重にも置かれ、製図台に向かう傍ら私には非常に穏やかな優しい口調で言葉をかけて下さった。ユーモアのある先生の言葉の意味が若くて無知の私には、理解できない話しも多かったと思うと残念でならない。もう一度、丁寧に一語一句御聞きしたいものだ。

多くを語られなかった先生の言葉で今でも、かすかに残る印象に残った話しは『子供たちの幸せ』『子供の頃から目にふれるものや、形、色、耳に入る音、香、風土が美しい環境であること。それは家庭、学校、近隣、街などが作りだす美しい風土』『雇って欲しいと全国から若者が訪ねて来るのが気のどくで』『設計事務所は儲からん』こんなふうなことを言われた。きっと日土小学校にも通じる考えだったのでしょうか。日土の子らは川魚の泳ぐ姿と川面の魚影を追いながら、川に張り出したテラスで、四季を向かいのみかん山に抱かれ、すくすくと育ち、その町に誇りさえ感じたに違いない。

それから私は、建築とは、子供たちや高齢者の弱者を助ける事と、心がけている。子供の頃からの環境はその子の当たり前になる訳ですから、少しでも誰かの役に立ちたいと日頃思っている。こんな偉そうなことを言えるほど、信念には遠いものですが、おごらず、何時のときも初心で穏やかに優しく建築のお手伝いをさせていただきたいと思っています。松村先生の出会いに感謝申し上げます。

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青木 淳 設計青森県立美術館

青森県立美術館

2000年2月の設計競技で 建築家 青木淳 設計と決まる

あの有名な三内丸山縄文遺跡に隣接する美術館

三内丸山の影響を意識されたのか、掘り込まれて進む空間と内部には三和土が縄文遺跡を思わずには居られなかった。白い外観や白い内壁は青森の空に映え、限られた雪に閉ざされない今を貴重に感じさせてくれたし、雪に埋もれたアプローチからの外観も見ものだと思った。

三和土の展示室を抜けて行くと、大展示室空間に息を呑む。大きな壁面にモネが・・・それも四面に。ここに来てモネが見れると思ってなかったし、青木淳の建築しか頭になかった私はモネにも驚いたが、青森出身の棟方志功や奈良美智も堪能できた。地域にも密着した懐の大きさをかんじた。

雪国のイメージが強い青森の街に、大きな遺跡をスタジアム建設を中止して、遺跡を残しながらも個性のあるアーティストを尊重する施策が温かみをかんじさせ、雪に負けない北国人の本当の心の強さが大らかさを生んだ結果だと感じた建築だった。

二度目の青森だったが、いつか是非雪に埋もれた三内丸山縄文遺跡と青森県立美術館をアプローチを足元に注意しながらゆっくりと眺め、楽しみながら訪れてみたい。雪の季節も運営されているのだろうか・・・。近年の暖冬が気にもなった。

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シンドラー・スタジオ・ハウス

シンドラー・スタジオ・ハウス

West Hollywood, CA

建築家 ルドルフ・M・シンドラー設計 1921年

ウィーンから移住した建築家シンドラーの自邸兼アトリエ。現在はオーストラリア応用美術博物館分館として公開されている。

ロス郊外の住宅街の街路樹沿いを入り込んだ奥まった所に建つ。街路樹にはリスも発見!ロスの街の豊かさが伺えた。

当初はシンドラー夫婦と友人夫妻の二組の住まいとして設計された。作家やアーティストたちが集まる場となったとも。同居の友人夫妻はやがて去り、ウィーン時代の同級生が加わったものの大喧嘩をして出て行った。やがてシンドラーは、妻ポーリーンと同じ建物の中で別居状態が続き、1953年にシンドラーは他界。その後妻ポーリーンはここをコミュニティとした。

シンプルなコンクリートと木による仕上げなどが革新的と評価されている。ライトの下、設計に携わった仕事が伝わって来る。内部に入ると、ライトの日本で受けた影響が感じられ、どこか懐かしささえ感じ郷愁をさそった。中庭に面して引き戸があり、フラットに続く庭との連続性を持たすため、取り外しもできた。狭い階段を上がると小さな屋上があった。寝室としたこともあったそうだ。

予約なしで見学は自由。いつかシンドラーが使ったであろうトイレも使用できる。しっかり体感したことは言うまでもありません。

この街路樹には大きな目のリスが木の実をパクパクバク・・・忙しそうにしていた

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この路地の向こうに広がるあのシンドラーハウス    中庭の緑が心地良く揺れて

ワクワクするアプローチだった

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洗面トイレは自由に利用可能             暖炉や引き戸の空間

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光の差し込み方が良い                どこか日本人には懐かしい・・・

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今も使われているキッチン戸棚も開けさせてね   寝場所の屋上には緑の配慮も

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駅前に鎮座する猪熊弦一郎現代美術館

香川県丸亀市

猪熊弦一郎現代美術館

建築家 谷口吉生設計

単純明快な姿が美しい美術館がいきなり丸亀の駅前に在る。

エントランスとカフェへ続く階段は光や空間がそれぞれに楽しめる。

周辺のオブジェも一つ一つが美しい見物で、一体に感じれ囲い込まれてないのが良い。

何度も行ってみようと思える好きな美術館である。

もう一つのおまけは内部写真撮影可なのだ!

丸亀の街の豊かさの象徴の一つの役

割を果たす建築だと思う

駅のまん前がこの建築で全てをカバーしている。

丸亀は丸亀城とうどんと一鶴の有名な、四国の小さな街だが、この美術館の存在で一味以上に違いがある。贅沢な空間で、毎日の通学や通勤の日常がある次世代の若者には当たり前の建築との関わりになっている。ここから、育つ若者は楽しみだ。

きっと感性にインプットされているに違いない。

地方都市松山にもこんな空間があって欲しい!

JR松山駅周辺や伊予鉄市駅前周辺にも、もっと居心地良いが、当たり前の配慮があってもいいはずだと思える。

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ブラッドベリー・ビル

Los Angeles,CA

ブラッドベリー・ビル

建築家ジョージ・H・ワイマン設計1893年

ロスのダウンタウンの外からはあまり目立たない外観の姿のビル。ビルの1階エントランス脇で、若いアーティスト風のカップルが図面を手に不動産屋さん風とのやり取りをしていた。そのやり取りにちょっと興味があった。図面が見たいわ?賃貸?いくら?面積は?何屋さん?・・・何も喋れない私は諦めていざ中へ。

そのエントランスから驚愕の内部が現れた。これが110年以上も前の建築とは!別世界の天窓とロビー周辺との空間には驚かされた!木と黒のアイアンの階段手摺や床のタイルはビクトリア調が素敵だった。真にアメリカって感じがゾクゾクとした。これが体感か。

籠式のエレベーターがオープンで自由な空間を行き来してこれまた、現役なのは生きてる建築の証だった。

映画『ブレードランナー』にも登場した建物は金鉱で財をなした大富豪が未来の夢を込めて建築。

女性ガードマンが早口に「1階のみ見学ができるわ・・・???」と、言い誇らしげに立っていたのも印象的だったし、デカかった・・・。世界中から訪れる建築ファンもきっと多いのだろう。

また見てみたい建築だった。外観ももう一度確かめたい。

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好きな建築家 イームズ

イームズ夫妻自邸 と スタジオ と イームズオフィス

アメリカ CA ロサンゼルス 

1949年に設計・建設されたイームズ自邸を訪ねことができた

イームズ自邸は20世紀のアメリカを代表する住宅のひとつ。規格品の鉄骨とパネルとガラスによる単純な箱型の建築が2棟並ぶ姿は、愛媛県立美術館2005年チャールズ&レイ イームズ創造の遺産展を見た時から行って自分の目で実物を見てみたいと思っていた建築。緻密に計算された鉄骨の設計で枠組みはわずか1日で組み立てられた。誰もが見たことのある赤と青のパネル使いがいかにもアメリカンモダン。センスと頭脳が窺えた。実物の前にたつユーカリの樹木は美術館の写真よりも大きく育ち、カリフォルニア サンタモニカの心地良い風に吹かれ、ザワザワと揺れて圧巻だった。

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イームズ自邸は世界各地から集めたグッズたちとオリジナルの家具が心地良く同居していた。

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イームズオフィスにはオリジナルのグッズや小物が売られ、楽しい。ここでしか売られていない小物もあるので、勇気をだしてスタッフに聞く。鉛筆やペンやハンコも楽しめる。スタッフも愛想が良かった。

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建築家フランク・ゲーリー ディズニーコンサートホール

建築家 フランク・ゲーリー 設計の ディズニー コンサートホール

ディズニー コンサートホールはアメリカ・ロサンゼルスのランドマーク

フランク・ゲーリーは21世紀の最も重要な建築家

LAは風・光・空気・人々とダウンタウン・エスニック街・サンタモニカなど日本とはまた違った場所と人間の関係がある。明るく自由で、空は青くどこまでも高い。

1988年国際競技設計でフランク・ゲーリーが設計したLA交響楽団の本拠地コンサートホールである、ゲーリー建築ディズニーコンサートホールを見てきた。

厚さ5ミリのステンレスを貼ったオブジェのような外観はロスの街の中でも一際異彩を放つ建築

日差しの移ろいでその表情を刻々と変える外壁。姿も、360度の見る角度により、全て異なる表情を持つ。テラスの草花に石のオブジェも見所。朝に夕に訪れることが出来たのは幸運な旅になった。

ショップにはおしゃれな小物や本が揃い、レストランも併設されていて、ランチタイムツアーがある。

是非いつかの機会には観客同士の姿が見える内部でのコンサートを体感してみたいものだ。

朝日を浴びて                            夕暮れ時

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建築家 安藤 忠雄

世界の建築家 安藤忠雄 関西偏

関西出身の建築家のせいか?松山市長が偉い?のか愛媛松山や関西で安藤建築を体感できる。

子育てに追われる頃の昔に大阪天保山サントリーミュージアムに行き、休憩で海側の階段に皆で腰を降ろした。少しお疲れの私の目先に、ディテールの美しい緩い勾配の階段手摺が海に向って下ってあった。周辺の細部にまで手を込めた意匠設計だと感じた。

計算され尽した美しいフラットバーの手摺とロケーションの空間に海から届く少しの潮風が相乗効果を齎し居心地がとても良かった。『この心地良さは何?』真に安藤建築の良さを体感した瞬間だった。それから自称安藤建築ファンが始まった。しかし、ある説明会の折にtwo Shotをお願いすると、簡単に断られてしまった。さすが世界の安藤ともなると違うのだ。

本に光の教会とサインをOK『安藤忠雄 建築を語る』。

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関西の安藤建築・・・本福寺・直島コンテンポラリーアートミュージアム・京都府立陶板名画の庭・光明寺・  TOTOセミナーハウス・坂の上の雲ミュージアム・エリエール五明・淡路夢舞台Dscn0166_2Naoshima14Naoshima4Dscn0157Cimg5428

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建築家 中村 好文

建築家 中村好文先生

建築を学ぶ数人の高校生を前に、同じ目線で話をする場に立ち会えた。

話を聞く高校生よりも、私のほうがワクワク・ドキドキした。

未来の建築に関わるであろう高校生たちに、

『とにかく今の自分に投資をして、とにかく行動に起こして、見て、感じればそれは将来の自分の財産に必ず繋がる』ような内容のお話を解かりやすくされた。

この話は、私が関わる専門学校生にも伝えてはいるが、中村先生の言われるほどには上手く伝わってないかもしれない。しかし彼らが将来思い出す事があれば良いと考え、事あるごとに伝えている。だって専門学校生の彼らは、私の次男と同じ年頃だから。

中村先生はサインも私とのtwo Shotも気さくに応じてくださり感謝・感激!高校生よりも内心私は誰よりもハシャイデいた。

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建築家ルイス・カーン ソーク研究所

ルイス・カーンのソーク研究所・研究棟

ジョナスン・ソークによって創設された生物医学系の研究所・教授陣は各分野の最先端

所在:アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ ラホヤ

設計:1963年最後の巨匠ルイス・カーン

サンディエゴ中心部からロサンゼルスのある北へ向う

車を停めた駐車場からガードマンを過ぎ歩いていくと息をのむ空間が一気に目の前に現れる

カリフォルニアの太平洋の蒼い海と明るく蒼い空に続く真直ぐの一本のカスケード

まさに空へのファサードは圧巻!

何もないことが海と空の自然の良さで際立つ空間になっている

『何もないことの美しさ』

両サイドの海側へ向けた個人研究室にはコンクリートとチーク材のウッドは構造と素材そのもの美しさがある

世界中の生物研究者にも憧れの地であるが、世界中から訪れる建築家も多い空間

そこにはカーンの哲学があった

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師でもあり友人でもあるメキシコの建築家バラガンからアドバイスを聞き

計画当初に中庭に檸檬が植栽されていた

が、何も無いほうが良いと言われ即座納得したカーン

帰り際にアプローチの両側に檸檬の青い果実を見つけてちょっと嬉しくホッと・・・

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